電気学会論文誌E センサ・マイクロマシン部門誌 127(9), 391-396, 2007解説より修正 

 

エンコーダの光学と集積化

 

羽根 一博*

 

Optics for encoders and integration

Kazuhiro Hane

 

Optics for encoders is studied from the point of view of signal improvement and miniaturization. Basis of optical encoder is the superposition of two gratings. Moire encoder consisting of two superimposed gratings is simple but the encoder signal is often affected by the variation of air gap due to the Fourier image effect. In this paper, basic optics of the encoders is summarized and some advanced optics for the Moire encoders are explained to suppress the influence.

 

1.はじめに

光学式エンコーダ(光エンコーダ)はメカトロニクス機器の位置や角度の検出に欠かせないセンサである.近年,メカトロニクス機器の高精度化に伴い,エンコーダを装着して高度な制御することが望まれるようになった.これに伴い,小型で性能の高い光エンコーダの開発が望まれている.エンコーダに対する要求としては(1)小型である,(2)分解能が高い,(3)取り付けの許容範囲が広い,(4)ゼロ点検出ができる,(5)できればアブソルート方式(相対位置でなく絶対位置が検出できる)などが挙げられる.この中で,センサの小型化にはマイクロマシニング技術が有効である.光源やインデックス格子,光検出器などを一体に集積できる.

最も基本的なエンコーダ(モアレ型)の構成を図1に示す.光源,メインスケール(スケール格子),インデックススケール(インデックス格子),光検出器で構成される.光源には発光ダイオード(LED)が用いられるが,高分解能のものにはレーザが用いられる.2枚の格子を重ねあわせるモアレ式のエンコーダは部品の数が少ないことや,部品の光学配置が簡単であることから広く利用されている.

高分解能であるためには,スケール格子の周期は小さい方がよい.スケールの周期が小さくなり波長に近くなると,光の回折の効果が顕著になる.このため,スケール格子からインデックス格子が離れるに従い,格子像のコントラストが低下して,エンコーダ信号として利用できなくなる.レーザ光を用いるとコヒーレンスがよいので,信号の劣化は幾分抑えられるが,回折光の干渉効果(フーリエイメージ(1))により,間隙の変化で信号コントラストおよび位相が変動する.

 

本研究では,光エンコーダにおいて,上に述べたような問題や限界が発生する理由を光学の基本から説明し,それらの解決法の研究について紹介する.特にモアレ型エンコーダの信号が間隙変化の影響を受けないようにするための方式について紹介する.具体的には,変調位相格子,指向性光検出器,格子イメージングなどである.それらのエンコーダの集積化についても触れる.

 

2.光エンコーダの基本光学系

 光エンコーダの光学の基本について説明する.図2に基本的な3つの光学系を示した.図2(a)は干渉型エンコーダの光学系,(b)はモアレ型の光学系,(c)は格子イメージ型の光学系である.

 干渉型エンコーダの光学系は最も簡単である.2つのレーザビームを特定の角度で重ね合わせる.ビームが重なった領域には,空間干渉縞が発生する.2つのビームの交差角を2θとして,空間干渉縞の周期をとすると,

 

 

 

 

により与えられる.ここで,λは波長である.θが大きくなるとは小さくできるので,エンコーダの分解能が向上するが,半波長が最小値となる.

 二光束干渉の場合,空間干渉縞の強度分布は単一の正弦波で表現できる.図2(a)に示す位置に格子を置くとき,交差領域の中であれば,その位置によらず,格子の前面には強度分布が単一正弦波で表される空間格子が形成されている.格子(周期)はインデックス格子であってもスケール格子であっても良い.また,光検出の方法として,格子のすぐ後ろの位置に光検出器を置く方法,あるいは格子からの回折光を重ねあわせる方法でも,得られるエンコーダ信号は理論的に単一正弦波となる.また,格子の位置が光軸(z軸)方向に移動しても,空間格子の分布がほとんど変わらないので,信号コントラストに変化は生じない.空間格子の周期を波長と同程度に小さくできること及び理想的な正弦波信号が得られやすいことから,エンコーダとしては理想的な光学系となる.交差する2つのビームを発生させるため,レーザ光源の光を分離,重ねあわせる必要があり,光学部品の配置が幾分複雑になる.また,レーザ光を分離してから,重ね合わせるまでの距離が長いと,空間の揺らぎの影響を受けやすい.マイクロマシニングにより製作すると小型で安定なエンコーダとなる(2)

 図2(b)のモアレ型エンコーダの光学系においては2枚の格子(周期P)を重ね合わせる.光学系は極めて単純であり,2枚の格子を通り抜けた光量を検出する.格子の周期が大きいときは,回折の効果は少なく,スケール格子のスリットの影がインデックス格子の上に重なるだけであるので,スリットが矩形透過率分布を持つ場合は,信号は単純な三角波形(格子のデューティ比が0.5の場合)となる.

 しかし,高い分解能を実現するため格子の周期を小さくすると,入射光の回折が生じて,スケール格子を透過した光束は広がる(いくつかの次数の回折光に分離される).レーザ光を入射させる場合,スケール格子後ろの領域の光の空間分布は角度スペクトルに分解した平面波の重ね合わせで近似できる.すなわち,回折格子から遠方で,明確に分離された各次数の回折光ビームになる光波(平面波)をスケール格子の後ろの領域で重ね合わせたときに得られる空間干渉縞で近似できる.この領域は,図2(b)では三角の交差領域として示されている.もし,0次光がない場合は図2(a)に示したひし形の空間干渉領域の右半分領域と同等と考えることができる.従って,スケール格子から±1次光しか発生しなければ,格子の後ろの空間干渉縞は図2(a)の場合と同じになり,インデックス格子を置いたとき,エンコーダとして理想的な信号が得られる.

 

図2 光エンコーダの基本的な光学系 (a)干渉型エンコーダ,(b) モアレ型エンコーダ,(c)格子イメージ型エンコーダ

Fig.2 Basic optics in optical encoders,(a) Interferometric encoder, (b) Moire encoder,(c) grating image encoder

 

 

単一周期の格子では,位相格子を用いると0次回折光消滅条件が得られることはよく知られている.(3,5次などの奇数の高次光が発生するので,この場合も±1次光のみの干渉による理想的な空間干渉縞は得られない)数学的には,回折光各次数の光波の振幅比は,格子の振幅透過率のフーリエ級数展開の係数比で与えられる.従って,±1次回折光のみを発生させることができる透過率分布を持った回折格子を実現することができないことが分かる.このため,スケール格子の後方にできる空間干渉縞の領域(フレネル領域)では,3光束以上の多光束干渉による空間干渉縞が発生する.一般的に用いられるクロムマスクのような振幅格子において,0次光は必ず発生するので,強度の強い0次光と±1次光の3光束干渉が主要になる.±1次光の干渉では図2(a)に示す単一正弦波分布が得られるが,0次光が存在すると,3光束干渉となり,空間干渉縞は光軸方向(z方向)にも強度が変調される.光軸方向の強度分布の周期Zp

で与えられる.Zpはフーリエイメージ(あるいはフレネルイメージ(3),セルフイメージ)距離と呼ばれる.すなわちスケール格子透過直後の光強度分布が,図2(b)の三角の空間干渉領域内でZp整数倍の距離のところに再現される.(半整数倍の位置にも同様の光強度分布が得られるが,P/2だけ横に変位している.)ここで,図2(a)の空間干渉縞の周期pは図2(b)の空間干渉縞の(光軸に垂直方向,x方向)周期Pの半分であることに注意が必要である.

 

 

図3 モアレ型エンコーダの信号波形(理論)(格子間隙はMZp

Fig.3 Signal waveform of Moire encoder (Theory) (Air gap between the gratings is MZp)

 

 

フーリエイメージの発生する距離にインデックス格子を設置すれば,インデックス格子のスリットを透過する光の強度はコントラストが高くなり,エンコーダとして優れた信号が得られる.Talbot干渉(4)を利用するエンコーダはこの現象を利用している.しかし,リニアエンコーダのように格子間隙の変化しやすいエンコーダにおいては,間隙の変化で,信号コントラストが大きく変動し,場合によっては,信号位相が反転する.図3にエンコーダ信号の計算例を示した.また,格子周期Pを小さくするとZpは2乗で減少するので,高い分解能のために小さい格子を用いると,格子間隙を極めて小さい範囲に設定する必要がある.たとえばP1μmでλが0.5μmのとき,Zp4μmとなる.従って,実用上,利用可能な格子周期は制限される.このように,モアレ型エンコーダでは,0次回折光(あるいは2次以上の高次回折光)の発生が理想的な単一正弦波のエンコーダ信号を取り出すための障害となっている.

 モアレ型エンコーダは安価であることが魅力であるので,レーザを光源に用いることは少ない.LEDを光源に用いると,光源が空間的にインコヒーレントであるため,図2(b)に示されたようなスケール格子の後ろに形成されるフーリエイメージの三角領域はほとんど形成されず,格子裏面からZp程度の距離において信号コントラストは低下してしまう.このため,格子の周期が小さいと,極めて狭い格子間隙を保つ機構が必要である.従って,現実的には数μmの周期が限界となる.

 インコヒーレント光源であっても,比較的大きな間隙において高いコントラストのエンコーダ信号が得られる光学系が存在する.図2(c)に示す3枚格子を間隙z1,z2を空けて配置した光学系を考える.物体格子が空間的にインコヒーレントに照明されているとき,第2格子(瞳格子)により回折された光が,重ね合わせられ,z2の位置に格子像を形成する.第2の格子があたかもレンズのように作用して,格子像を第2の格子の後方に形成する.方向の揃わないインコヒーレントな光はいろいろな方向に進む平面波の重ね合わせで近似できるが,特定の格子周期と間隙の条件により,回折効果により格子状の像が形成でき,格子イメージング現象として知られている(5-8).格子像のできる位置にインデックス格子を置いて,エンコーダを構成できる.実際にエンコーダとして利用する場合は,第2の格子を反射格子とする.このとき図2(c)に示した3枚格子の光学系は間隙z1=z2の条件となり,2枚の格子で構成できる.z1=z2の条件でコントラストの高い格子像が形成できる格子周期の比は3つの格子に対して2:1:2あるいは1:1:1である.後者の周期比の条件では,間隙の変化により格子像のコントラストが反転しないので,波長帯域の拡がった光源を用いると,間隙の変化によらずエンコーダ信号が測定ができる.前者の場合は後者よりコントラストが高いが,間隙によってはコントラストが反転する.しかしながら,モアレ型のエンコーダに比較して,インコヒーレント光源で,広い間隙で動作できるので,有効である.

 

図6 エンコーダ信号の間隙による変化(9) (左:周期変調していない場合,右:周期変調した位相格子,格子間隙はMZpである)

Fig.6 Variation of encoder signals with airgap as a parameter (left: without pitch modulatin, right: with modulation, airgap is equal to MZp)

 

 

3.モアレ型エンコーダの改良

3.1 変調位相格子

レーザ光を用いた場合,間隙変化に対して信号コントラストが周期的に変化する現象の本質は,回折光の0次と±1次光(あるいは高次光)が相互に干渉することによる.もし±1次光のみが発生できるような回折格子を実現できるならば,信号コントラストのz軸方向に対する周期的変化をなくすことができる.

0次回折光消滅条件の位相格子において周期を変調して,等価的に,高次(3次,5次..)回折光の影響を打ち消すことができることが見出された(9).図4に周期変調位相格子の形状を示す.位相差は位相格子の厚さにより決められるが,格子深さに相当する位相差を0次光が消滅する条件であるπ/2に設定する.各回折光の成分の割合は,格子の透過率(位相格子の場合は複素数)のフーリエ係数に比例する.格子の周期を部分的にシフトさせることで,格子周期に変調を加えて,図4に示すような3次と5次のフーリエ係数が消滅する回折格子を設計,製作した.これにより3次と5次の回折光が生じない.さらに高次の回折光成分を打ち消すには,さらに高次の変調を加える必要がある.偶数次の回折光は,格子形状の対称性からもともと発生しない.

得られた回折光を図5に示す.±1次光が顕著に発生し,3次,5次光は発生していないことが分かる.(ただし整数でない中間的な次数に弱い回折光が発生する)また信号波形を図6に示す.エンコーダ信号は,変調位相格子を用いた場合,信号は間隙変化の影響をほとんど受けない.

 

3.2 指向性光検出

モアレ型エンコーダ信号の間隙依存性を改善する方法として光検出器(フォトダイオード:PD)の感度に指向性を持たせた方式を提案している(10,11)PDは表面のフレネル反射による指向性を持つので,垂直方向に感度が高い.もし,特定の方向,すなわち±1次回折光の方向からの光のみ検出できるような指向性を備えたPDを実現できれば,モアレ型エンコーダの信号を改善できると考えられる.

 

図7 ±1次光の方向に指向性を持つフォトダイオードを用いたエンコーダ

Fig.7 Encoder with a photodiode having the directional sensitivity along ±1st order beams

 

PDに指向性を持たせるために,グレーティングカプラの構造に注目して,設計と理論的検討を行った.図7に構造を示す.SOIウエハを用い,上層のシリコンにPDを形成する.シリコンの屈折率は3.7と高いので,導波路のコアとして動作する.格子に入射した±1次回折光は導波路のモードと結合する.格子と導波路の構造により,ブラッグ格子(2次モード)のように動作する.漏れモードであるので,導波してから再び外部へ放射するが,構造を最適化することで,シリコン層で多重反射を繰り返しながらシリコンに吸収される割合を最大化できる.シリコンの不純物濃度と波長により光の吸収長は変化するが,本研究の条件では約15μmである.導波路の屈折率が高いので,厚さはサブミクロンとなる.電磁界解析の厳密解法により,最適条件を求めると,インデックス格子(グレーティングカプラ)周期は670nmSOIシリコン上層の厚さは380nm,スケール格子の周期はインデクス格子の周期の2倍である.インデックス格子はHfO2を用い,厚さは220nmであり,SiO2層の厚さは