解説:羽根,佐々木 日本機械学会誌  2013.1 Vol.116, No. 1130 pp.43-46より修正

実用化が進むMEMSマイクロミラー

MEMS Mirrors for Practical Use


1.はじめに

 半導体微細加工技術で製作したマイクロミラーの研究は,MEMS技術発展の初期段階より進められてきた.特にディスプレイへの応用は早くより注目され,1975(1)1977(2)にミラーを用いたディスプレイが報告されている.その後, LSIとの融合による2次元のマイクロミラーアレイ(DLP)1987年に開発され,現在,プロジェクターとして広く販売されるようになっている(3)100万個レベルのミラーとそれらを個々に駆動するLSIが一体に集積された大規模なシステムである.ミラーの回転のためのヒンジばね部は金属材料から形成されるが,クリープ(ヒンジメモリー効果)によるミラー回転角度の安定性などの問題も残している.近年,これらの問題の生じにくいSi系材料(単結晶Si,多結晶SiGe)を用いたマイクロミラーアレイも研究されている(4,5)LSIを形成後,ミラー部を形成するため,LSIとの集積では,LSIの配線を劣化させない低温(<450)プロセスによるミラーの形成方法が重要である.

大規模のマイクロミラーアレイはLSIとの集積が必要であるので大きな設備と投資が要求される.これに対して, 2次元走査の単一ミラー(あるいは1次元走査のミラー2個)を用いたレーザ走査型ディスプレイは,デバイスの構造が簡単で小型(ミラー部は数mm角程度)であるので,モバイル機器への搭載が期待されている.このタイプのレーザ光走査デバイスはスキャナと呼ばれ,古くより研究されてきた.近年,青色レーザの普及により3原色のレーザが揃う(緑色レーザは実用化されている第2高調波発生による方法か,GaN系半導体の緑色化による)こと及び携帯電話等のモバイル機器の普及が開発の新しい推進力となっている.

また,走査ミラーは小型であるので,ファイバー光学系と組み合わせて,工業検査装置や医用内視鏡などへの応用も期待されている.特にレーザコヒーレンズトモグラフィとの組み合わせが研究されている.

以下においては,レーザ走査型のディスプレイ用ミラーの原理,現状と近年の研究状況について紹介する.中でも静電櫛アクチュエータを用いたミラーについて,真空封止による駆動電圧の低減法について紹介する.また機能性を高めたミラーとして焦点可変機能を備えた走査ミラーについても紹介する.

図1 2軸走査ミラーによるレーザディスプレイの原理

 

2.レーザ走査ディスプレイ用シリコンマイクロミラー

走査マイクロミラーを用いたレーザ光の走査型ディスプレイの基本構成を図1に示す.走査ミラーの基本構造は,ミラー板をねじれヒンジばねにより支持し,アクチュエータにより回転させる.走査角を大きくするため,ミラーの回転振動の機械共振を用いる場合が多い.共振周波数はばね定数とミラーの慣性モーメントにより決められる.共振の場合,回転角度は供給エネルギーとエネルギー損失のつり合いにより決定される.

 

表1 ディスプレイフォーマットと走査ミラーに対する要求仕様

 

1にレーザ走査型ディスプレイのディスプレイフォーマットと走査ミラーに対する要求仕様を示した.角度と直径の積は,ミラーの機械的全走査角度と円形ミラーの直径の積の値である.また解像度として,レーザビームの全走査角度を一様強度のレーザビームが円形ミラーにより回折される場合の回折強度の第1零点の角度で割った値を用いた.たとえばXGAの場合は角度と直径の積が19であるので,ミラーの直径を1mmにすると19度の機械走査角が必要となる.この時,水平方向の走査周波数は25.6kHzが必要である.解像度が高いほど,水平走査周波数も高くなり.大きい回転角が要求される.十分な回転角度を高い周波数を得るためには,ミラーの設計に工夫が必要である.材料力学および機械力学により概算し,回転ヒンジばねの材料(Si)破壊強度を考えると,設計の許容範囲はあまり広くないことが分かる.また,大きな回転角を得るためには,マイクロアクチュエータの力が大きい方が有利である.静電気,磁気,圧電などが主な駆動源となる.静電駆動は構造が簡単で製作しやすく消費エネルギーが最も低いが,発生力は小さい.磁気ではコイルと外部磁石で発生する力を利用するが,外部磁石を大きくすれば強い力が得られる.電流による発熱によりエネルギー損失が生じる.圧電では消費電力が少なく発生力も大きいが,よい圧電薄膜を形成する技術が難しい.これらの3種類のアクチュエータを用いたレーザ走査型ディスプレイ用マイクロミラーが多く研究されている.

既に市販させているディスプレイ用ミラーとして,電磁式マイクロミラー(6)がよく知られている.可動コイルによる電磁アクチュエータを用いた2軸走査ミラーである.回転するフレームとその内部に回転軸が直行した円形ミラーがある.1個のコイルに2本の配線で電流を流すだけで,2軸の走査が行える.磁界は永久磁石により両走査軸に45度の方向に加えられる.水平方向走査用内部ミラーの共振周波数は18kHzで,水平方向用走査用フレームの周波数は60Hzであるので,これらの周波数の電流が重ね合わせて加えられる.ミラーの直径は1mmで,光学走査角(機械走査角の2倍)は水平方向43.2度,垂直方向24.3度である.解像度はVGASVGAの間の解像度を実現している.ピエゾ抵抗センサが回転ヒンジばねの根本付近に挿入されており,ミラーの回転角度を検出できる.

 

図2 金属缶で真空パッケージしたミラー(8)

 

3.真空パッケージマイクロミラー

 ディスプレイ用ミラーとして,静電駆動方式は製作が容易で,動作が安定であることから,多くの研究が行われてきた.しかし,静電アクチュエータの発生力は小さく,印加電圧が100V程度になることも多く,モバイル機器への搭載で問題となっていた.高電圧となる理由として,一つは櫛歯電極間距離がマイクロメーターのオーダになっても,なお十分な力を発生できないことによるが,もう一つは,ミラーの走査における気体摩擦によるエネルギー損失が大きいことによる.共振周波数でミラーを運転する場合,共振時のエネルギー釣り合い,すなわちミラーの運動エネルギーの損失と供給エネルギーが釣り合う状態で振動振幅が決まる.ミラーの走査周波数は表1に示したように,高解像度では20kHzを上回るため,空気摩擦の影響がエネルギー損失の大部分を占める.XGAのディスプレイ用マイクロミラーを考え,ミラーの直径を1mmとすると,ミラー周囲の最大の速度は13.5m/sに達する.ミラーは正弦波的に往復運動を繰り返しており,また櫛歯のような複雑な形状を備えているので,空気摩擦によるエネルギー損失を計算により精度よく求めることは容易ではない.空気摩擦を低減すれば,供給エネルギーも減り,印加電圧も低下する.空気摩擦を低減する目的で,走査ミラーの真空パッケージが行われた(7,8).ミラーは保護のため,パッケージを行うことも多いので,真空パッケージはミラー保護も兼ねられる.

図3 ミラーの光学回転角とQ値(印加電圧10V(8)

 

図2は金属缶を用いて,ハンダ接合によりパッケージした走査マイクロミラーである.アクチュエータとして静電櫛を用いたている.量産にはウエハパッケージが理想的であるが,高い真空度を保つことが難しい.金属缶の場合は,焼きだしによるガス出しが十分行えるので高い真空度が得られる.内部には残留ガスの吸着材料としてチタン系のゲッターが封入されている.7.5度の光学走査角を共振周波数約25kHzにおいて得るために,大気圧(105Pa)では印加した交流電圧の振幅は190Vであるが,真空中(1Pa)では10Vに低下する.図3に同マイクロミラーの光学的回転角度と共振Q値の圧力依存性を示す.印加電圧は10Vである.圧力の低下に伴い,走査角度が増加している.圧力が1Paになると,走査角度は飽和しているので,空気摩擦を完全に取り除くには,1Pa程度の高真空が必要であることが分かる.金属缶により封じた場合,図3に示すように,およそ0.7Paの封止圧力が得られており,ミラーの真空パッケージに適している.このパッケージは高温(~75℃,80時間)の試験とあわせて6週間の耐久試験において,回転角度の低下は見られなかった.図3に示すQ値の圧力依存性より,圧力の低下により,エネルギー損失が低下していることが分かる.大気中ではQ242であったが,真空中では7900まで上昇している.エネルギー損失は約1/30まで低下している.分子流領域の空気摩擦は圧力とともに低下するので,Q値が1Pa以下で飽和している理由は,シリコンの回転ヒンジばねの内部摩擦や振動エネルギーの散逸など圧力依存のない残留損失によっている.

 また,ガラスフリットにより窓とウエハを接合し,チタンのゲッターを入れて封止したウエハレベルパッケージの例ある(9).ガラス窓に傾きをもうけて,ガラス表面からの不要反射光を取り除いている.製作された静電櫛駆動ミラーの例としては,水平走査周波数17.8kHz,垂直走査周波数532Hz60Vの電圧で水平光学走査角60度,10Vで垂直光学走査角度70度を得ている.水平走査のQ値は145000である.真空封止により,低電圧で大きな振幅が得られている.

 

4.高機能走査型マイクロミラー

 走査マイクロミラーの開発は,ディスプレイ用のほかにも多く行われている.代表的な例は,内視鏡への応用である.特に光学コヒーレンストモグラフィでは,生体の内部深さ方向の形状が取り出せるので,ファイバースコープ内視鏡への適用が期待されている.レーザ光をファイバーで導き,レンズで集光した微小レーザスポットを試料に対して走査して,深さ方向と横方向の組織情報を取り出す.レーザ光の集光において,焦点位置を調整できる機能があると,深さ方向の検出精度が向上する.図4はこれらの目的のため,走査ミラーに焦点可変機能を融合して,レーザ光の走査と焦点合わせを同時に行えるようにした走査マイクロミラーである(10,11).図4(a)に構造を示す.シリコンと酸化シリコン膜の積層ウエハから製作している.上層シリコン層は厚さ1μmで,ミラーの焦点可変部分の直径は290μmである.シリコン層は薄いので,静電引力により曲率が変えられ,焦点可変ミラーとして動作する.焦点可変のためにミラーの下にリング状電極を形成している.ミラー周辺部へ静電引力が加わり曲げモーメントを発生する構造となっている.焦点可変ミラーの周辺支持部に曲げモーメントを発生させるとミラー中央部は,球面に変形する.また,ミラーを走査するため,回転ヒンジばねのまわりに静電櫛アクチュエータを形成している.焦点可変用の電圧と走査用の電圧を独立に印加できるように電極が分離されている.

図4 焦点可変走査ミラー(10,11)

 

図4(b)に製作した焦点可変走査ミラーの電子顕微鏡写真を示す.焦点可変ミラー及び回転ヒンジばねは薄い上層シリコンからなり,複雑な構造であるが,精度よく形成されている.また,焦点可変ミラーの周辺には,微小な穴が形成されており,酸化シリコン膜のエッチングが容易に行えると共に,焦点可変ミラーの周辺部が変形しやすいように曲げ剛性を低減している.図4(c)に内視鏡を目指した試作の構造を示す.光ファイバー及び微小光学部品と焦点可変走査ミラーを用いることにより,コンパクトな光学系が実現できている.

図5 焦点可変走査ミラーの特性(10)

 

図5(a)は,焦点可変走査ミラーの走査角度と走査電圧の関係を示している.最大の回転角度として26度を達成している.また図5(b)は焦点可変ミラーのミラー表面変形を測定した結果である.50Vの電圧を加えることで,凸から凹へ表面形状が変形し,表面形状は中央部において放物線に良く近似できた.曲率半径は-4m-1から20m-1まで変形した.

 

4.おわりに

 本稿では,走査マイクロミラーについて紹介した.走査ミラーを用いるレーザディスプレイでは,平行レーザビームを用いるので,投影レンズなどの光学系が不要となり簡単な光学系で小型のディスプレイが実現できる.すでに市販されているミラーもあるが,今後,種々のモバイル機器へ搭載されることが期待できる.ディスプレイ以外の応用では,工業センシングや医用計測にも利用が期待されている.例として焦点可変機能を搭載した走査ミラーを紹介した.今後,走査角度の高精度計測機能を搭載するなど,さらに高い機能をもったマイクロミラーの開発が期待されている.

 

文献

(1) R. N. Thomas, et.al., IEEE Trans. Electron Devices ED-22 (1975) 765-775.

(2) K. E. Petersen, Appl. Phys. Lett. 31 (1977) 521-523.

(3) http://http://www.dlp.com/

(4) F. Zimmer, et.al., J. MEMS 20 (2011) 564-572

(5) A Witvrouw et.al. Proc. 22nd IEEE MEMS (2009) 136-139

(6) M. Freeman, et.al., Optics and Photonics News (2009) May, 28-34, http.//www.microvision.com

(7) H. Tachibana, et.al., Proc. 22nd IEEE MEMS (2009) 959-962.

(8) H. M. Chu, et.al., J. MEMS 19 (2010) 927-935.

(9) U. Hofmann, et.al., Micromachines 3 (2012) 509-528.

(10) T. Sasaki, el.al., J. MEMS 21 (2012) 971-980.

(11) T. Sasaki, et.al., Proc. 29th Sensor Symp. SP2-5.